□ 設計者より

私たちがこの計画で考えたことは、薬院という街に既に存在している建物に、
過不足無く「必要最低限のデザイン」を施すことで、「最大限の多様性」を持たせることでした。
つまり、既存の建物を活かして出来るだけ余計なデザインはしない、でも、ここで暮らす人たちや
働く人たちの想像をかき立てるような僅かなヒントだけは忍ばせておく、そんな状況を創りたいなと思いました。

そこでまず私たちは、既存の建物を取り巻く周辺の状況や建物の向き(方角)などの、
リノベートを行う上で既にそこにある「前提条件」となるものを全て把握することから始めました。
建物をいろいろな方向から眺めてみたり、建物から見える外の景色を眺めてみたり、
朝・昼・晩、そんな作業をひたすら繰り返しました。

そうする内に、大通り(城 南線)から少し入っただけでとても静かなことや、
下階はとてもプライベートな感じなんだけれど、上階に上がるととても開放的で居住性が高いことなど、
この建物の性格(個性)のようなものがだんだん浮かび上がってきました。
建物内部のゾーニング(住戸計画)・デザインは、この作業を通してわかったことを
そのまま素直にプランニングに反映させて出来上がりました。
下階には「オフィス」としての利用を前提としたものが集まり、
上階にいく程「住居」としてのニュアンスが強くなっています。
でもどのスペースも、ある「ニュアンスが強い」だけで、使用形態を限定するつもりはなく、
その使い方や暮らし方の選択権は、入居者の想像力に委ねてあります。

また、個人住宅の設計も手がける私たちにとって、建物は
「出来上がったらおしまい」ではなく、常に育てていくものだと感じています。
「悪くなったから新しいものに取り替える」のではなく、「メンテナンスを繰り返し使い続けること」が
できるように、床や壁の仕上げに使用する材料も選んでいます。
これだけ「使い捨て」という考え方が浸透してしまった日本では、少し時代に逆行した
価値観のようにも見えますが、ここで暮らす人たちの「暮らしながら育てる」という経験が、
これからの新しい価値観を育んでいくことを願っています。